年を取って失ったもの
お天気も良く、ぽかぽかと暖かいある春の日、狸小路を歩きながら
ナチュラルな気分(どんな気分だ?)になった私は、ナチュラルな昼食
を摂りたくなったものである。確かこの辺りに自然なモノとか無添加な
モノなどをメニューに出しているお店があったのではないか。ほら、ココだ、
ミニシアターの所にそのお店の看板をみつけ、ビルの2階に上がると
映画館と並んでその入り口があった。
今日のランチは「白菜の挽肉包み」とあり、それをお願いした。こちらの
システムとしては、お昼のお料理はそれのみの提供のようである。番茶
やコーヒーはセルフサービスで頂く。さて、出来上がったお料理は四角い
お盆の上に大皿に白菜の挽肉包みと(たぶん)玄米ご飯、小鉢にポテト
サラダ、みそ汁がのっていた。メインディッシュは白菜のロールキャベツ風
で餡かけがかかっており、全体としての味わいは、知り合いのお宅に遊び
に行ってお料理の得意なお母さんの手料理をご馳走になっている、という
感じである。ポテトサラダもまさにそういう美味しさ。プロの料理人の技の
味ではないが、私が作るよりずっと美味しいわね、というあたり。(私の料理
では比較の基準にならないという事はあるが。)
さて、かように私は美味しく頂いていたのであるが、(たぶん)玄米ご飯を
頂いているウチにだんだん胃が痛くなってきた。もちろんご飯は柔らかく
炊けているし、問題はないのだが、その盛りつけられた一人前の量をつい
に食べきることができなかったのである。こういう事は最近しばしばおきる
事がある。年のせいである、と思う。ああ、情けないが、本当に量を食べる
ことができなくなった。食べ残す、ということは職業柄大変嫌いなことである
のにこのテイタラクである。残したくはないのだが、もう私の情けない胃が
「ああ、もう許して。何でもするからお願い、許して!」なんて悲鳴をあげる
んだもの。
このお店は2度の移転を経て現在の場所にあるが、今から20年以上も前
東映仲町と呼ばれていた場所にあった頃、行ったことがあり、その昔にも
玄米チャーハンを食べたことがあったのを思い出す。ちょっと歯ごたえがあ
ったそれを私は元気良くパクパクと平らげ、きっと他にもホッケ焼きとかなにか
いろいろ食べていただろう。柔らかい(たぶん)玄米ご飯を食べて、昔の
強靱だった私の胃を懐かしんだひとときであった。年をとって強靱な胃を
失ったが、変わりに何か得たモノはあっただろうか。悲しいことに私は何も
(体重以外には)思いつかない。