情熱の夜

 
九州旅行の折りの出来事である。長崎の港に客船を改造したホテルをみつけたので、ちょっと
行ってみた。上の方に眺めの良いバーがあるようなので、そこに行くことにしたのである。そう
広くはないそのバーには若いバーテンダーが一人と、50代くらいの男女2名の先客がいて窓際
の席でカクテルを飲んでいた。ミスター・マリックをもっとゴツクしたような濃い顔のオジサンとわ
りと品の良い、主婦というよりは仕事を持っているという感じのオバサンである。我々は少し離
れて、カウンター近くのテーブルについてビールを注文した。窓からは船の人気の無いデッキご
しに港とその向こうの山が見え、きれいな眺めであった。オバサンは丁寧な言葉で風景の説明
をしたりして、お2人はご夫婦ではないようである。

我々は歩き回って疲れていたので、言葉少なくビールを飲んで、身体を休めていたのであるが
・・。 オジサン「今日は初めて会ったのに、誘ってしまって悪かったかな」 オバサン「いいえ、そ
んなことはありませんわ」 我々「・・・・・!」 オジサンいきなり「好きな人はいるの」 オバサンは
自分としてはそういう人を求めないわけではないが、そう必要に迫られている事もないので、今
のところそういう人は作ってはいない、という趣旨の事をとても婉曲に語った。ワタシは心中うな
づく。これはカケヒキである。女性なら誰でも覚えがあるのではないか。ちょっと気になる男性で
はあるが、すぐにOKはしたくはないし、あきらめて貰っても困るしって感じであろう。オジサンは
言う。「僕はこんな仕事だからあちこち出かけるし、帰ってきたら安らげる場所が欲しいんだ」 
オバサンは「それは、わかりますわー」と優しく返事する。 我々「・・・・(^_^;;;;」 オジサンは結構
大胆だ。臭いセリフも平気でバンバン使い、盛大に口説く。ああっ、聞いていたら悪い、というか
恥ずかしくて聞いていられなーい。な、何か話題はないかっ。仕方なしに持っていた地図を開いて
この後どこへ行こうかと相談するフリをしながら、ビールを急いで飲む我々であった。

オジサン達のグラスが空になった。オジサンが尋ねる。「まだ飲めるかい」オバサン「ええ、まだ
大丈夫」 オジサンはサッとバーテンダーを振り返り、大声で注文した。「モスコふたつ、甘くしな
いでな!」 うわー、モスコミュール飲んでたの〜。しかも、甘くしないでってウオッカ増やしてって
ことー。これは、どちらが先につぶれるのか興味はわいたが、我々はビールを飲み干し、急ぎ
店を後にしたのであった。年がいくつであっても、口説き口説かれるのは心ときめく事であろう。
ワタシもぜひ見習いたいものだ。だが、できれば、人に聞かれない場所で口説かれたいモノで
ある。



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